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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6676号 判決

原告

京成金属株式会社

右代表者

井上寿岩

右訴訟代理人

高橋庸尚

被告

右代表者法務大臣

古井喜実

右指定代理人

東松文雄

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉によれば、原告は昭和四五年六月三〇日から同年八月六日まで訴外横井正敏に対し、本件鋼材を含む鋼材を売渡して引渡しを了し、未払売掛代金債権五九六万六八一九円を有し、本件鋼材に対し動産売買の先取特権を有した事実を認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。請求原因2の事実〈編注・原告の本件鋼材に対する仮差押の執行、訴外東京工機株式会社の異議申立による右仮差押執行の取消〉は、当事者間に争いがない。

二原告は、本件取消決定は、法律の解釈を誤り、事実を誤認してされた違法なものであり、担当裁判官の行為は原告に対する違法行為を構成すると主張するので、その点について判断する。

裁判官の職務行為のうち裁判における法令の解釈適用、事実の認定は、裁判官が本来他から独立し、提出された証拠のみに基づき自由心証により事実を認定し、また、確定された事実に対し、自己の識見信念に基づいて法令の解釈適用をすべく義務づけられていることにかんがみ、たとえその事実認定及び法令の解釈適用に誤りがあつたとしても、それのみによつてただちに当該裁判官の当該判断が違法行為を構成するものとすることはできない。裁判官の判断が違法行為を構成するとするためには、当該判断がいかなる裁判官であつてもそのような判断をしなかつたであろうと認められるような場合、すなわちその事実認定あるいは法令の解釈適用が著しく合理的根拠を欠く場合に限られるものと解すべきである。

三そこで本件についてこれをみるに、先ず、原告の事実誤認の主張について検討する。

〈証拠〉によれば以下の事実を認めることができる。

1  訴外東京工機株式会社は、昭和四五年八月二二日日本件仮差押の執行について、千葉地方裁判所八日市場支部に対して、民事訴訟法五四四条の執行の方法に関する異議を申立てるとともに、本件鋼材は訴外会社が所有、占有するものであること及び本件仮差押執行を続行するときは、訴外会社に回復すべからざる損害を及ぼすことを理由として右仮差押執行取消申立をし、裁判所は右申立を理由あるものと認め金三〇万円の保証をたてさせて執行を取消す旨の決定をした(右執行取消決定がなされた事実は、当事者間に争いがない。)。

2  右仮差押執行取消申立においては、疎明資料として、注文請書(乙第二号証の二)、領収書三通(乙第二号証の三ないし五)、上申書(乙第二号証の六)、有体動産仮差押調書謄本(乙第二号証の七)が提出されており、右疎明資料を総合すれば、訴外会社は昭和四五年六月一〇日訴外横井正敏と同社の習志野工場の新築工事を代金一二六〇万円とし、同年九月一〇日迄に完成引渡をうける旨の請負契約を締結し、約旨に基づき契約と同時に金一〇〇万円、基礎工事完成時に金一〇〇万円を支払い、その後建方工事が約八割程度進行していた同年八月一〇日に右横井から、下請負人への支払いをしなければならないので建方完了時に支払うべき金六〇〇万円を支払つて欲しい旨懇請され、同日右金員を支払つたところ、右横井は支払いを受けたその晩に夜逆げをし、右未完成の建物及び建築現場に運び込んだ本件鋼材を含む資材を放置したまま行方をくらませてしまつたこと、訴外会社では右事態に対処するため、右鋼材の所有権を取得したものとして、他の業者(古川組、桜井組、井口組ほか)を頼んで工事を続行し、本件鋼材について穴あけ加工、プレートの熔接及び寸法の切断を終え、建物に取付けるばかりの段階になつていたところ本件仮差押の執行を受けてしまつたこと、訴外会社は訴外武田薬品工業株式会社から納期は昭和四五年一〇月から一一月までということでドラフトチヤンバー九七台総額四〇〇〇万円の注文を受け、その製作のため本件工場の新築工事を横井に請負わせたものであり、工場の完成が遅れると右武田薬品との契約を履行できず契約を解除されるおそれがあるばかりでなく、本件仮差押のため工事ができないと、前記の業者に対し一日三〇万円の割合で損害金を支払わねばならないこと、以上の事実が一応認められる。

3  右疎明資料により一応認められる事実によれば、訴外横井は、訴外会社から建方完了時に支払われる約束の金六〇〇万円を完了前に予め受領しておきながら、中途で工事を投げだし、行方をくらましたものであつて、かような場合注文者である訴外会社としては事態を放置できず、請負契約を解除して他の業者に工事を続行させることがありうることは右横井としても十分予見しえたところであり、結局右横井は逃亡の時点で暗黙に自ら請負契約の爾後の履行を拒否し、持込んだ鋼材その他の材料も訴外会社の処分にまかせるとの態度を示したものというべく、訴外会社もこれを了承して本件鋼材の所有権を取得したものとして工事を続行させたのであるから、これにより、本件鋼材の所有権は注文者である訴外会社に移転したものと解され、また、業者をして本件鋼材について穴あけ加工等の加工をなさしめているところから、その占有も訴外会社に移転しているものと解される。

以上によれば、本件仮差押執行取消申立において提出された疎明資料により、申立人である訴外会社が本件鋼材を所有、占有している事実は疎明されているというべきである。

したがつて、訴外会社が本件鋼材を所有、占有する事実について疎明がないのに、事実を誤認し執行を取消した違法があるとの原告の主張は理由がない。

四次に、原告の主張する法令解釈の誤りについて検討すると、民事訴訟法五四四条の執行方法に関する異議の申立があつた場合に同条一項、同法五二二条二項によりなされる仮の処分に執行の取消が含まれるかについては、執行の取消をなしうる旨の明文の規定は存在せず、学説においても多数説は明文の根拠を欠くことを理由に執行の取消はできないとしている。

しかし、同法五二二条、五四四条の場合に立保証による取消を認めないのは、異議の裁判が決定手続で迅速になされることが予想されるので取消という強い措置は必要でないと考えられたためと思われるが、仮の処分としていかなる措置をとりうるかは、本案手続の性質によるものではなく、そのまま事実的形成を放置することが具体的事案に照らし妥当かどうかにより判断されるべきであつて、特に執行の方法に関する異議の場合などにおいて違法の態様が大きいときなどは取消を認めぬ根拠を説明するのに窮するとして、五二二条の列挙は例示にすぎず、必要があれば立保証による取消を認めてよいとする有力な見解が存在する(三ケ月章「執行に対する救済」民事訴訟法講座四巻一一三二ページ、板倉松太郎「強制執行法義海」一〇四六ページ、岡垣学「特殊保全処分の研究」一五八ページ)。

しかも、本件の執行取消申立においては、前認定のように、疎明資料により一応認められる事実によれば、本件仮差押は、第三者の所有、占有する有体動産に対してなされたものであり、右仮差押の執行を取消さないと申立人に著しい損害が生ずるおそれがあるというのであるから、右申立に対し、同法五四四条、五二二条の解釈として、前記有力説に従い、仮の処分として執行の取消もできるとして、本件仮差押の執行を取消したとしても、その解釈をあながち不合理なものということはできない。

なお、原告は仮に同法五二二条二項の仮の処分に執行の取消が含まれるとしても、現状維持を目的とする仮差押については執行の取消しは許されないと主張するが、同法五四四条一項五二二条二項は仮差押に準用されているのであるから、同条項の解釈として執行の取消を含むとする場合には、仮差押についても取消ができると解すべきことは文理上当然である。そして、仮差押の執行を放置することにより回復し難い損害が生ずる場合もありうるから、仮差押が現状維持を目的とするものであるからといつて、仮の処分としての仮差押の執行の取消はできないとしなければならないいわれはない。

したがつて、本件取消決定が法律の解釈を誤つたことにより違法行為が成立するとの原告の主張も採用しがたい。

五よつて、本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(宇野栄一郎 房村精一 卯木誠)

物件目録〈省略〉

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